ほんとのところ(前編)

 

最後の配達を終え時計を見ると、22時43分。
夕飯をまだ済ませていないが、定食屋は閉まり飲み屋しか空いていない時間帯だ。仕方なく配達先の町で一人飲み屋に入った。

席に着き注文を済まし、一息ついたところでティファの携帯を呼び出した。

「はい」

「ティファ。遅くなったから今日はこっちに泊まる」

「ん、わかった。最近忙しいね」

「ああ。明日の昼頃に一旦帰るよ」

「夜はまた配達?」

「ああ」

「そっか。わかった。帰りも気をつけてね」

「ああ。ティファはもう寝るのか?」

今日、セブンスヘブンは定休日だ。
定休日のティファはだいたいこの時間に就寝する。

「うん、もう寝ようかな。クラウドは?」

「俺は今から夕飯だ」

「お腹空いたね。お疲れさま」

「ああ。おやすみ、ティファ」

「おやすみなさい」

…ピ。

帰れない日は、一日の終わりにするこの短い通話でずいぶんと癒されている気がする。
ほ、と一息ついたところで、後ろからドォと大きな笑い声。
ビクリとしつつ振り返ると、4人の女性達が盛り上がっているようだった。

「あっははは!やだーもう!」
「あははは!」

…騒がしいな。
早めに出よう。

「でもほんとそうだよね!うちの旦那も。こっちは眠いしめんどくさいときもあるの気付いて欲しいよ」
「お前は性欲のバケモノかってね」
「わたしも早く終われーって思ってる」
「そういう時わたしはイッたフリして早く終わらせてるよ」

!?

な…

な…に…?


耳に入ってきた衝撃的な内容に石のように固まる。

性欲旺盛な旦那を持った妻達の会話のようだが…。
世の女達には、そんな文化が?
まさか…まさかティファも…?

俺とティファとの営みの頻度は決して少なくないと思う。むしろあまりに頻繁にはならないようにちょっとだけ…ちょっとだけセーブしている。
自分にはこんなに性欲があったのかと驚いてしまうほどに、ティファを求めてしまっている。

…まずいな。
変な汗が出てくる。

ティファから嫌がったり面倒臭がっているような様子は感じられなかったが、もしかしたら俺に悟られないよう気を使っているのかもしれない。
ティファは優しいから。

「でも断ると機嫌悪くなるからさぁ。面倒臭いから仕方なくって感じ」
「こっちも働いて疲れてるのにね。ゆっくり休ませて欲しいよ」

「……」

彼女達の言葉が背中からグサグサ刺さる。
そういえば、以前やんわり断られたことがある。思わず拗ねた態度をとってしまい、そんな俺を見てティファはやっぱりいいよと言ってくれた。頬染めながら可愛く言ってくれたから大喜びで飛びついてしまったけれど…内心、そんな気持ちだったのか?
それに、ティファも働いている。子ども達の世話と店の経営をしているんだ。そつなくこなしているように見えるが、負担は決して軽くない。疲れていないわけがない。

やだな、休みたいなって、本当は思っているのか?ティファ…。

どうしよう。
直接聞いてみたいけれど、正直に答えてくれるだろうか。
それに、いざ聞いたとして本当は嫌だったなんてハッキリ言われたら、きっと立ち直れない。実は自分だけが盛り上がって満足していたなんて、悲し過ぎる。

「…………」

運ばれてきた料理の味もわからないくらいに、考え続けた。

宿に入ってからも、シャワーを浴びている間も、ずっと考えてしまう。
見逃していないか、ティファからのサイン。

あれがそうだった?
いや、そんなはずはない…。

いくら考えても、思い出しても、答えが出ない。
どうしたらティファの本音が聞ける?
どうしたら引き出せる?


考えに考えて、ベッドに寝転びながら決意した。

よし、決めた。

これからはもう自分から誘わない。
あの行為が嫌じゃないなら、ティファから何かアクションがあるはずだ。恥ずしがり屋なティファだから簡単なことじゃないのはわかっている。そこはもう辛抱強く待つしかない。
こちらから誘わなくなってそのまま消滅するようなら。何もなかったなら…それはもう、そういうことなんだ。

 

 

 

 

 

予定通り翌日の昼過ぎにセブンスヘブンの扉を開けた。
料理の仕込みをしていたらしいティファがキッチンから手を拭いながら出てきた。

「おかえりなさい。クラウド」

ティファは笑顔で迎え入れ、俺の好物の昼食を用意してくれた。
ティファは、朝起こしに行ったらデンゼルとマリンが全く同じポーズで寝ていて、あまりにも可愛くて写真を撮った話をし、その写真を見せてくれた。
絶妙な腰の捻り方や腕の上げ方。難しいポーズが嘘みたいにシンクロしている写真に思わず吹き出してしまった。

「ね?すごいでしょ」

「ああ、すごい。家族って不思議だな」

「ほんとだね」

楽しそうに、そして幸せそうに笑うティファ。
それを見て、ああ、幸せだと思う。

そうだ。
別に、ティファとの夜がなくたって俺は幸せなんだ。大丈夫だ。

飲み屋での女達の会話があまりに生々しく、無意識のうちに最悪の事態に備えて心が準備を始めているようだった。


その日の夜。
夜間配達を希望されていたため帰宅は遅くなった。
家に帰ると、先に寝ているよう伝えた通りティファはベッドで眠っていた。
この二日間、あまり一緒にいられなかった。
起こさないよう、そっとベッドに腰掛けて月明かりの中ティファの寝顔を眺めた。

いくら見ても飽きない、ティファの寝顔。
可愛いとか愛しいだけじゃ収まらない想いが胸にこみ上がり頬に触れたい衝動に駆られるが、きっと起こしてしまうから、ぐっと我慢した。

そういえば。
少し前にこうやって夜遅く帰り、隣に潜り込んで寝ているティファを起こし、そのまま抱いたことがあった。
「我慢できない」なんて言って。

はー、と深いため息が出た。
…最悪だ。
確実に、ティファは眠かったはずだ。
ティファ、どんな様子だったっけ…。

眠そうにずっと目を閉じているティファ。
こっちがどんどん進めていくと、目を閉じたままだんだん喘ぎ始めて…最後には気持ち良さそうな声を上げて…。

ああまずい。
思い出すな。
反省すべきところで興奮してどうする。
まったく…初日からこれか。
先が思いやられた。

 

 

 

 

2日目。
依頼件数が少なかったため早めの帰宅をした。
店の手伝いを切り上げたデンゼルとマリンの遊び相手をしたり、二人を寝かせた後はカウンターの端に座りティファに言いよる男が来ないか目を光らせてみたりして過ごした。

幸いにも何事もなく閉店時間を迎え、ティファはテキパキと片付けを始めた。

「フロアは俺がやる」

「ほんと?助かる!」

フロアの掃除を買って出た俺は、クロスでテーブルを拭き、椅子を上げて床を掃いた。
食べこぼしによる油汚れは意外と多く、以前手伝いをしたときに教わった通り薄めた洗剤水でモップがけをし、あとは乾拭きをする。

一通り終え、ふぅと一息ついてティファを見ると、キッチンの片付けを終えて帳簿をつけているところだった。

「ティファはすごいな」

「ん?何か言った?」

「毎日これを一人でやるんだもんな。たいしたもんだと思う」

……そしてこの後は俺の相手だろ?
明らかに無理をさせ過ぎだ。

「ありがと。でも慣れればたいしたことないよ」

頑張り屋さんだよな、ティファは。
昔から変わらない。

「…よし。終わり。クラウド、今日はありがとう。色々助かっちゃった」

「ああ」

「お風呂、先に入っていいよ?」

「……」

お風呂。
お風呂かぁ…。

「クラウド?」

「……一緒に…入るか?久しぶりに」

ああ、ダメなのに。
最近一緒に入ってなかったから、つい。

「……そういえば、しばらくお風呂一緒に入ってなかったね?」

ちょっと恥ずかしそうな笑顔を向けてくれるティファ。

「…うん、いいよ」

あーーー…
つい2日前に誓いを立てたばかりなのに。一緒に風呂に入って襲わなかったことが一度でもあるか。
俺は馬鹿か。

 

 

 

脱衣所に二人で入ると、少し窮屈だ。
お互い腕がぶつからないように気を使いながら服を脱いでいく。

「……」

ティファは後ろを向いて、極力見られないように隠し隠し服を脱ぐ。
綺麗なお尻が見えたと思った瞬間、ティファは逃げるように浴室に入って行った。
その往生際が悪いというか、いまだ初々しい様子に口元がニヤけてしまう。
ティファは逃げるウサギを追いかけたくなるオオカミの心理をわかってないな。
ムフフ、と追いかけようとし、はっと我に帰る。

だめだだめだ。
今日は絶対に抱かない。
こっちから追いかけるのはやめて、ティファの気持ちを確かめるんだ。

 

浴室に入ると、シャワーの湯煙で視界が白く霞んだ。白いモヤの中浮き上がる、ティファの官能的な曲線。
考えるよりも先に体が勝手にティファを抱き寄せた。

「ティファ…」

濡れたティファの体を腕の中に包み込む。
当たり前のように引き合った唇が重なる。

「ん…」

ティファの漏れた声を合図にするように絡まりだす舌と舌。

あああああああああこれはダメだ!
今すぐやめるんだ!

全身の力を振り絞って、ティファから唇を遠ざけた。

「?」

突然顔を背けた俺に不思議そうな顔のティファ。
上気した頬が、反則級に可愛いから…辛い。

「……ティファ。先に髪洗ってやるから…座って」

「う、うん」

言われた通り椅子に腰掛け背を向けるティファ。

ふぅ。危なかった。
我ながら今のはファインプレーだ…。

シャンプーを手のひらにとり、ティファの頭で泡立てていく。丁寧に頭皮を洗う。丁寧に、丁寧に洗う。

「気持ちいい…クラウド、こんなに髪洗うの上手だったっけ」

「精神を落ち着かせているんだ」

「え?」

「なんでもない」

髪を流し終えるとティファは自分で髪をまとめた。

「ありがと。次はわたしがクラウドのこと洗ってあげるね」

「ああ…」

交代で椅子に座った。

「はい、のーん」

「……」

頭を仰け反らすと、顔にかからないように湯をかけられる。
…子どもか。

ツンツン立つ髪が濡れて寝たところをシャンプーで洗われる。

「クラウドの髪…綺麗」

「そうか?」

「うん。綺麗な金色」

「俺はティファの黒い髪の方が好きだけどな」

「そう?お互いないものねだりかな」

俺は、黒い髪でしか出ない濡れたようなツヤツヤした質感がとても好きだ。

「ねぇ、わたしが金髪に染めたらどうする?」

「どうするって……ティファはそのままでいい」

「意外と似合うかもよ?」

「染めたいのか…!?」

驚いて振り返る。

「ううん。ちょっと言ってみただけ」

「…なんだ」

ほっとした。
ティファには、このままでいて欲しい。
絶対。

他愛もない会話をしているうちに頭が洗い終わると、立ち上がった。

「じゃあ次は俺がティファの…」

体?体を洗うのか?

……ダメだろう!!

「なぁティファ。今日はそれぞれ、自分で洗おう」

「えっ?い、いいよ」

少し驚いているようなティファの反応。
俺は泡で手を滑らせながらティファの体を洗うのが好きだ。
はっきり言って、死ぬほど好きだ。
きれいに洗ってやりながら感じるところに触れたときのティファの反応が、この上なく可愛いんだ。
洗ってるだけなんだから感じちゃダメ、みたいな。
……ああ、思い出すと鼻血が出そうだ。

ティファも覚悟していたはずだ。いつもみたいに体を洗われている途中から抱かれるって。
なぜなら俺が、ティファの体を洗うのを死ぬほど好きなのが絶対にバレているから。
しかし今日は背を向けあって黙々と自分で体を洗う。
ティファはどう思っている?ちらと顔を見るが、読み取れない。
視線に気づき、ティファがこちらに顔を向けた。

「背中、洗う?」

「あ、ああ。頼む」

ごしごし…。

「はい」

「ありがとう。ティファも洗うか?」

「うん、お願い」

「……」

ごしごし…。

「はい」

「ありがと、クラウド」

温かいシャワーで順番に体の泡を流していく。
その間もずっと背を向けているティファ。
…前が見たいな。
ほっそりした腰もきれいな形のお尻もいいけど、ティファの顔と胸を…。
うしろからねっとり眺めているところ振り向かれ、慌てて目を逸らした。

「さっぱりしたね。出よっか」

「…ああ」

先に出てタオルを腰に巻く。
もう一枚取るとティファの体に巻き付けるようにして水滴を拭いたあと、頭から被せてわしゃわしゃと髪を乾かしてやる。

「ふふふ」

タオルの下でクスクス笑うティファ。

「どうした」

「なんでもない」

タオルを後ろにずらして出てきた、楽しそうに笑ったティファの顔。
宝石みたいな紅い瞳。
ティファは笑うといつもより幼く見える。
それが、とても好きだ。

「…どうしたの、クラウド?手が止まってるよ」

「なんでもない」

俺は一体いつまでこうやってティファに見惚れてしまうんだろう。
一生やっている気が、する。

 

 

脱衣所から出ると、ティファが手を握ってきた。
部屋までの短い距離を手を繋いで歩くのがくすぐったくて、口元が緩む。

キッチンで水を飲み終えると、再びティファが俺の手を握った。

手を繋ぎながら一緒に階段を登る。
振り向くと、ふわりと微笑むティファ。

「……」

心臓がぐぐ、と苦しくなる。
…こんなに幸せでいいんだろうか。

「ティファ、ずいぶんご機嫌だな」

「クラウドもずっと笑ってるよ?」

「そうか?」

「うん」

デンゼルとマリンの部屋を二人で覗くと、穏やかな二人分の寝息が聞こえた。

「よく眠ってるね」

「ああ」

「おやすみ」

そっと子供部屋の扉を閉めると、自分達の寝室に向かった。
すぐに電気を消し、二人でベッドに入った。
寝転がると、ティファが俺の右肩に頬をつけた。
体の向きを変えて、ティファに向き合う。
薄闇の中、うっすら見えるティファの、あまりにも愛しい大きな瞳。
じっと見つめていると、ティファがそっと口付けてきた。
すぐに離れて、また見つめ合う。

「もう、寝る?」

ティファの問いに、ドクッと小さく心臓が跳ねる。

寝たく、ない。
寝たくないけど…。

「…ああ。寝よう」

「ん。おやすみ、クラウド」

「………おやすみ、ティファ」

胸に甘えてくるから、ティファの頭の下に腕を入れ、抱き抱えた。
ティファの髪に頬を寄せると、また幸福感に包まれた。

うん。
いいな。

お互いの体温のおかげですぐに眠気がやってくる。
しばらくするとティファの規則正しい息づかいが聞こえてきた。
それに誘われるように、意識がぼんやりしてくる。

さっき俺が、寝ようって言ったあと。
「…しないの?」なんて誘ってくれたら正直嬉しかったけど。
ティファがなんだか楽しそうにしていたから、いいか。

なんだか俺もいい気持ちだ。

まずは、今日のミッションクリアだ。

 

 

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考えに考えたくせに、絶対やり方間違ってるクラウド。
さぁクラウドさん、3日目から辛くなってきますよぉ!!(←フリーザの声で再生してください笑)

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